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イージス艦《あたご》による、漁師親子の虐殺


国民の生命と人権に向けられた軍艦の砲口



○ 報復の心配なく、先制攻撃的侵略戦争を行うための、ミサイル迎撃システムを搭載した戦艦《あたご》の、吉清親子に対する殺人行為は、軍隊というものが国民の為にあるものではなく、国民の生命と人権を犠牲にする、資本家権力と軍事利権資本の為にあることをあきらかにした!!

 

 

 

19日未明、もともと船舶銀座と言われるほど航行船舶の多い千葉県房総半島沖で、「海上衝突予防法」に基づく回避義務を持った海上自衛隊・イージス艦(排水量7750t)が、その義務を無視し、法定灯火を守って航行していた漁船《清徳丸》(7・3トン)に真正面から衝突・切り裂き、漁師・吉清親子を虐殺した。

 

事故の報を受けた自衛隊海上幕僚監部、統合幕僚監部は、直ちに、事故原因と事実経過の捏造に取り掛かった。「《清徳丸》の法定灯火が青しかなかった」とか、「2分前にしか漁船は発見されていない」とか主張し、「青は、ブイの灯火だと思った」など、付近で操業していた漁船乗り組み員の猛抗議会見もおこなわれ、あまりにつじつまが合わないので、今度は、漁船の発見時間を「12分前」に取り替えたりした。

 

しかし、その海域に居た同僚船は、21日の記者会見で、「われわれは、30分以上前に艦船をレーダーに捕らえており、艦船側に我々を確認できなかったと言うのは嘘だ」と指摘し、艦船側が回避義務をしなかった事実を明らかにした。“青いブイ”にいたっては、20日、NHK17時のニュースセンターでも、海事専門家が「その場所には、そんなものは有りません」と即座に否定している。

 

漁協側は、僚船のレーダー軌跡記録から、イージス艦《あたご》は、一切の回避義務も取らず漁船群に突き進んできたこと、《清徳丸》以外にも衝突されそうになった漁船がいること、そして、海自戦艦の危険航行は、今回に限ったことではないと明らかにした。勝浦漁協組合長は21日の記者会見で「自衛隊は国民の生命と財産を守るために在ると言うが、これは違うのではないか!」と怒りをもって抗議した。

 

20日捜索現場へ被害関係者を案内した海上自衛隊幕僚長は、関係者に対し「報道陣には、どんな話もしないでくれ」と、口止め威圧まで行った。漁船を発見したあと「後進回避をした」と言うが、その場合に鳴らされる、三回の汽笛を付近の船は誰も聞いていない。

そして、この重大な殺人行為を少しでも隠して時間稼ぎをし、他に、被害者に責任転嫁する事案をでっち上げられないか謀議するため、千葉県への連絡は勿論、身内の軍事オタク、石破防衛相派への連絡も1時間30分後である。ミサイル利権にどっぷりと浸かってきたこの男は、記者会見で、海上自衛隊の隠蔽工作を叱責し被害者家族への謝罪を行うどころか、薄ら笑いをうかべながら海自の一方的情報を口移しで垂れ流し、一隻一千四百億円も浪費するイージス艦6隻の配備計画への国民の批判の方を気にする始末だ。21日、やっと勝浦漁港組合に現れた石破は、遺族関係者や組合員からの「親子を返せ!」と言う怒りの叫びの中で、車で逃げかえった。

 

この事件は、1988年7月、横須賀沖浦賀水道で海上自衛隊潜水艦《なだしお》が遊漁船《第一富士丸》(154t)に衝突し、三十名を虐殺した事例と基本的に同じだ。《なだしお》は、浮上して海上で民間船との事故を起こした場合、もともと人間を救難する手段もマニュアルも持たない潜水艦である。当時、艦橋から艦長をはじめ乗組員達が、海中に沈んでいく49名の人々を、ただ眺めるだけで見殺しにしている衝撃的写真を見た記憶のある人々も多いはずである。

 

《なだしお》の艦長は「付近の船舶に対し遭難信号を発することも海上保安庁に事故の発生を通報することもしないまま」(海難審判判決文)10分も立ってから(《第一富士丸》は一分で沈んでしまった)救命ゴムボートを艦内からだし、泳者による救助を含め3名を助けただけである。19人の生存者は、事故に気付いた付近の船舶によって救助されたのだ。

 

この海難審判の過程で、海上自衛隊は、《なだしお》の「航海日誌」と「海図」の改竄を行ったことが明らかになったが、今回もまた、同じ事をしようとしている。東京高裁は第一原因は《なだしお》側にあるとしたが、海上保安庁が直ちに《あたご》へ強制捜査に入ったのは至極当然なことである。

 

海上での事故時の救助体制も持たない、巨大な鉄の塊である潜水艦や、ミサイル戦艦が、我が物顔に、民間船を回避せず突き進む姿のなかに、権力の暴力装置の一つとしての軍隊の、危険な姿を捉えなければならない。

 

われわれは、自衛隊によって繰り返される民衆への犯罪的事故が、他の民間事故と根本的に異なるのは、常に国家の軍事組織の行動は、日本国憲法が「軍隊』として容認していない自衛隊さえ、自己の存在を「法の下での民主主義的手続き」の外に超然と立つべきものとする動機によって突き動かされていると言う点である。戦争という目的のためには国民の生命も、人権も財産もとりあげ、徴兵と言う強制的国民動員によって組織を維持更新しようと言う原理集団の理念と願望がみえかくれする。

 

回避義務という法を無視して突き進み、国民はそれに従えと言う《あたご》の行為がそれを示している。法を破った結果として、民衆を殺害し、その事実を隠蔽して証拠をかくし、国民いのちを冒涜する、この連中こそ国民の敵である。

 

まして、自衛隊は現在のところ、日本国平和憲法の前文及び9条1項・2項によって、戦争も、戦争での殺戮も決して認めていない。自衛隊員が、イラクであろうがどこであろうが、人を殺せば国内の刑法によって殺人罪で処罰される。憲法改悪は、自衛隊を名実共に軍隊とし、国民の人権といのちを国家の名に於いて蹂躙するであろう。また、軍隊と戦争に国民を超法規的に支配する国家の中の二つ目の司法制度としての「軍事裁判所」を生み出し、軍事組織(自衛隊)の国民支配を生み出すに違いない

 

われわれは、まだ彼らの横暴を許してはいない。彼らの吉清親子に対する殺戮犯罪もまた、まだいまのところ、法によって裁くことが可能である。徹底した国民の監視と糾弾のなかで、海自と日本政府の殺戮犯罪を追求しなければならない。

 

参考



当サイト

      ○ 「ミサイル防衛(MD)システム」を軸に走る日本政府と日本の軍事産業」


      ○  先制攻撃 を狙った(日本の)無謀なミサイル防衛体系樹立の策動


      ○  自衛隊「情報保全隊」の国民監視活動を許すな!!