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世 界 の 歴 史 を 振 り 返 る 



「 文 明 の 衝 突 ?」  著 サミエル・ハンチントンを再読して思ったこと!



@ ハンチントンは、冷戦体制崩壊后の世界の”紛争”を”イデオロギーと経済をめぐる対立”から、”異なる文明下の国家や集団の対立”が主要な原因となると述べている。現実世界を分析する彼の視点が、ここにある。しかしイデオロギーとは何を指しているのか?イデオロギーとは、世界の現実土台としての経済構造に照応した全ての社会的意識の形態を言うのであって、”イデオロギーと経済をめぐる対立”がソ連圏の消滅とともに消えてなくなる物ではない。世界経済が存在する限り、さらに別の形で先鋭化している事は、現実世界に見るところだ。ハンチントンの視点そのものも、一つの明確なイデオロギーであり、しかも后で述べるように、世界の対立を生み出すイデオロギーと言っても過言ではない。

A 自然科学においては、ミクロの世界を明らかにせずにマクロの現象を理解する事は出来ないものだが、社会科学、つまり現実社会の仕組みを解明する思想はいつも自然科学に比べて立ち遅れている。ハンチントンの”イデオロギーや経済の対立”よりも”異なる文明の対立”が現実世界の”紛争”のより大きなファクターだとする考えは、社会のマクロ的予断による勝手気ままな解釈であると私は考える。

B ここでもう一つ、別の視点から注意しなければならない事がある。山崎正和氏は「近代の擁護」の中でハンチントンは、”文明があたかも宿命的な力かのように...文明と文化を取り違えている”と指摘している。これは”文明”と言う概念に対する普遍的な理解である。ハンチントンは言外に嫌う”非西洋な文明”なかでも、”イスラム文明”が多神教を否定するキリスト教的ヨーロッパが受容しなかったギリシャ文明の精華を引き継ぎ、そのアラビア語訳によって野蛮なヨーロッパが人類の知識を享受し得たことは、文明の歴史を学んだものは誰でも知っていることだ。文明とは、政治的利用がなければ対立するものではなく、相互に受容し発展して来た事は3000年の歴史が教えてくれる。異文明間の衝突の可能性について幾度となく論述するハンチントンは、文明と文化についての山崎氏の指摘に耳を傾ける事が出来るだろうか。「文明の衝突?」この?マークは”文明の衝突が不可避ではないことを示したかった”とハンチントンは言うが、”文明は対立するもの”との立場は変えていない。

C ハンチントンは論を進めて、非西欧文明圏の動きに苛立ちながら、”異なる文明の対立”の中で西欧文明はどうするべきかを語る。”西欧文明の経済的利害”を非西欧的文明圏に軍事的プレゼンスを持って迫りながら、”西欧諸国は他の文明に対して、自らの利益を確保するのに経済・軍事力を今後も維持する必要がある。自己の利益と利害を”他文明圏”の上に置き、自己以外の軍事的プレゼンスを”背信的”と呼び捨てる。マッカーディーを引用してハンチントンは”イデオロギーと経済の対立”が異なる文明間の対立に取って代わったかの如く論述しながら、自らは他文明に対する西欧の経済的利益を軍事的プレゼンスで追求するのである。

D 彼は”イデオロギーと経済の対立”こそが、この世界の紛争の原因であることを思わず無自覚に言ってしまったようである。であれば、世界の紛争をある意図をもって異文明国の戦争へと持ち込もうとしている人々への理論的手当てをしていると疑うのは私だけであろうか。軍事的プレゼンスとは、意訳すれば”おどし”である。一方で”共存する術を共に学ぶ”とは支離滅裂である。ハンチントンの論拠は他にもよく変化する。否定と肯定が入れ替わる論述が多い。

E 「引き裂かれた世界」でハンチントンは、”いかなる重大な対立も不可避とは言っていない”と”ポイントを外した人々”に言う。しかし彼が”世界各地でイスラムと非イスラムの地域紛争が起こっている事を指摘してきた”と言う時、アメリカとイラクの戦争は”起こったのでなく起こしたのだろう”と言っている人々に一体どう答えるのだろうか。また”西欧”というハンチントンの概念は、イラクをめぐる西欧の大多数の立場と違い、アメリカとイギリスの事なのではないか。不名誉にも”日本文明圏”(ハンチントンは日本を独自の文明圏と規定している)はその協力者なのである。ハンチントンの主張を読みながらつくづく思うことは、紛争解決の手段にいかなる事があっても”戦争”を使うなと言うことだ。       


柴野貞夫