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                世 界 の 歴 史 を 振 り 返 る 


従軍慰安婦強制動員」の“強制”否定と“謝罪”拒否は、安倍政権がアジアに対する日本の国家犯罪を正当化し、改憲を進める為の確信犯的行為である

「その残酷さと規模において20世紀最大の人身売買」を否定する安倍政権

昭和7年、日本天皇制帝国主義国家によって 中国侵略戦争「上海事変」が引き起こされた頃より、第二次世界大戦終結まで、旧日本軍が、朝鮮半島出身者を中心とする数十万の女性を強制動員し、[従軍慰安婦]として性奴隷化して来た事実に対し、安倍晋三と日本政府が、「その証拠はなかった、強制性もない」と繰り返し否定し、「それを済んだ過去のこと」と言明したことが、いま、アジアと全世界の人々の激しい抗議と憤激の嵐を巻き起こしている。
この「従軍慰安婦」問題については、1993年、日本政府の正式な閣議決定を欠いた、「河野官房長官談話」と言う形での謝罪表明はあったものの、その後、小泉から安倍にいたって、政府要人による度重なる否定発言や、日本政府による歴史教科書の歪曲、元慰安婦による賠償請求に対する門前払いなどが、日本の権力者たちの「謝罪」が口先だけの偽善ではないか、との疑いを広く生み出したのである  しかもこの口先だけの謝罪と、慰安婦強制動員の執拗な否定は、改憲と教育の国家支配を最大の目的に置いた安部政権の国家主義的理念に基ずいた、確信犯的な行動の象徴であり、民衆を欺瞞する行為である事が明らかになりつつある。
今日、「慰安婦問題」めぐる安倍に対する追及は、単に日本の過去史の清算と言う問題だけにあるではない。これからの日本のあるべき姿をめぐって、安倍と日本資本家どもが狙う国家主義的抑圧体制への道を、許すかどうかの闘いなのである。
今年2月、米下院国際関係委員会において、日系ホンダ民主党議員によって日本に対する「性奴隷慰安婦問題謝罪要求決議」が提議され、下院本会議にむけ、今まで日本政府が回避してきた正式な国家としての謝罪と賠償を求め、国際的な場で、あらためて、日本政府と安倍の基本的な政治姿勢と、その結果としての歴史認識が問われることとなった。  
同決議案は慰安婦問題を、「その残酷さと規模において前例がない20世紀最大の人身売買のひとつとして、輪姦、強制堕胎、屈辱、性暴力などは、身体不具、死、もしくは自殺に帰結された」と糾弾している。
2
19日、日本国会予算委員会において、自民、稲田議員の質問に対し、麻生外務大臣は「慰安婦問題は、客観的事実に基づいていない。下院での採択阻止に向け努力したい。」と答弁し、同日、安倍も「客観的事実に基づくことが大切だ。」と、これを否定した。かれらは、「河野内閣官房長官談話」さえも事実でないと否定し始めたのだ。
1993
84日の「河野内閣官房長官談話」は、日本政府、内閣官房内閣外政審議室によって199112月から開始された、[慰安婦問題]についての詳細な調査活動を根拠として作成されたものである。(199276日の「加藤内閣官房長官談話」は、この調査活動の中間報告とも言うべきものであった。)終戦直後、日本国家は、太平洋戦争と日中戦争を通して行はれた、朝鮮半島、中国大陸、東南アジアでの、天皇制日本帝国主義と日本軍による虐殺、人体実験、生物、毒ガス兵器、など国際法に違反すると考えられる行為に対して、それに関わる証拠の、徹底的な廃棄隠蔽工作を図った。 朝鮮民族に関わる「強制連行」「従軍慰安婦」に対しても例外ではない。

、「河野談話」の「調査資料」は、国家が隠滅して来た証拠を、不十分ではあるが、明らかにした。

日本政府は、100万人に上る強制連行労働者については、資料が見当たらないと、今日も尚、日本の炭鉱を中心にトンネル工事、飛行場、軍事工場などで強制労働に従事し死亡した数万人の朝鮮民衆の名簿も遺骨も、放置したままと言う非人間的な所業を続けている。
(現在民間組織の手によって名簿と遺骨の収集がおこなわれている。約3,000名の姓名、出身地、年齢,死亡原因等が整理されているが遺骨の整理はまだまだである。過酷な労働からの逃亡、18歳の少年から40代の高年齢の民衆まで、北はカンウォン道から南はキョムサン道まで全朝鮮半島から連行されたのだ。日本政府が今日まで提出した名簿は8百余名に過ぎない。しかも、詳しいデータは「プライバシー」を理由に明かさないというのだ。しかし国家によるサボタージュにもかかわらず、民間、学者グループの究明活動は、大きく進んでいる。注1) 「従軍慰安婦」の資料に関しては、更に徹底して廃棄隠滅が行われたが、民間組織や研究機関の証拠収集により、全容は、多くすでに解明されている。(注2)
しかし「河野談話」発表の為の「いわゆる 従軍慰安婦問題について」と言う、199384日付け内閣官房内閣外政審議室の調査資料(注3)は、慰安婦問題の隠蔽された歴史をある程度うめるものとなった。 調査対象機関は、警察庁、防衛庁、国立公文書館、米国国立公文書館など10箇所に及び、関係者からの聞き取りは元慰安婦、元軍人、朝鮮総督府関係者など、参考とした書類資料、出版物については「そのほぼ全てを渉猟した。」韓国側の諸機関や証言もふくめ、110カ月にわたる調査の結果次のように結論ずけた。
「旧日本軍は、慰安所設置や管理に直接関与した」、「慰安婦たちは戦地においては、常時軍の管理下において、軍とともに行動させられ自由もない痛ましい生活を強いられたのは明らかだ。」、慰安婦の募集については、「業者らが甘言を弄し、畏怖させるなど、本人の意向に反し集めるケースが数多く官憲が直接これに加担した。」と、国家による紛れもない強制的徴用が行われたことを明らかにした。この調査を元に、河野は、「本件は、軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。」そして「我々は、このような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。我々は、歴史研究、歴史教育を通じて、この様な問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないと言う固い決意を改めて表明する。」と内外に言明したのである。 安倍と麻生の(慰安婦問題が)「客観的事実に基ずいていない」と言う時、彼らは、この河野談話とその調査資料を全否定したということになるのだ。 

(注1) 朝鮮人強制連行真相調査団(報告) 2006年5月
          犠牲者名簿公開  北海道犠牲者名簿
                       福岡県犠牲者名簿
                       (朝鮮新報日本語版)参
(注2) 朝鮮侵略と強制連行
          大阪人権歴史資料館編(解放出版社) 
          従軍慰安婦資料集  吉見義明 編集・解説(大月書店)

(注3) 
外務省 「いわゆる慰安婦問題について」 (平成5年8月4日)

3、
「慰安婦強制動員」を否定しながら、口先では「河野談話の継承」を言う安倍の言語表現は、ファシズム的大衆欺瞞だ

3
5日、2007年度予算案総括質疑において、民主党小川敏夫議員が、米国議会で審議中の「慰安婦問題謝罪要求決議案」への、安部の見解を求めたら、「下院で決議されても、日本政府は謝罪をしない。」「官憲が家に押し入り、人さらいのように連れて行くと言う“狭義の強制”を裏づける証拠はなかった。」と答えた。  安倍は、国家としての謝罪を再び拒否し、「従軍慰安婦」の「強制性」に、「狭義」と「広義」と言う二種類の区別があるかのように見せかけ、日本国家と日本軍の蛮行を少しでも誤魔化せると勘違いしているのだ。 調査資料が明らかにしている「強制性」とは、「本人の意思に反し甘言を弄し畏怖させ、官憲がこれに直接加担した」事を指しているのだ。この事実を、強制と言わずして何と言うのだ。
「狭義」であろうと「広義」であろうと、このような「大規模な性奴隷制度」の「強制性」は、国家と軍による、組織的な強制システムをぬきにしては成しえない国家犯罪であったと言う事実が、その事を何よりも証明している。
しかし安倍の言う「狭義」の強制さえも、元慰安婦の証言や、日本軍元兵士らの証言から「慰安婦狩り」として多く実行されたことが明らかになっている。河野洋平官房長官は、「談話」発表当時、新聞インタビューで、調査資料の検討の結果から次のように答えている。「強制的につれて来いと命令して、強制的につれて来ましたと、報告するだろうか」(「朝日」1997331日付)    
安倍は、しきりに「客観的事実」とか「証拠」と言う言葉を使うが、本来、加害者である日本政府が自らの犯罪証拠を隠滅破棄して置きながら、証拠がないと言い逃れること自体許される事ではない。まして被害者に証拠を出せと言わんばかりの安倍の態度は、二重に犯罪的である。    
安倍と日本執権政党は、慰安婦問題のみならず、朝鮮人強制連行問題、中国南京、平頂山虐殺事件等あらゆる植民地と侵略行為の過去とむきあう責任と義務がある。河野談話の根拠となった「調査資料」自体、すでに民間が集約した歴史資料や研究成果よりも不十分であり、国家が持つ非公開の膨大な資料が、未だあることは十分考えられる。
本来、国家が率先して調査組織を作り詳細な報告を作成する責任が、今後も、あらゆる問題に対してあるはずだ。安倍はそれでも、日本の、アジアに対する歴史清算の責任回避を、「自虐史観」として合理化するつもりなのか?
3
5日同じ予算委員会の場で、「慰安婦」の強制性を否定し、その「証拠」がない主張する安倍は、質問者から「それでは、河野談話を否定するのか」と当然のごとく問われた。
彼は、「基本的には継承する。」と答えている。河野談話の「基本」とは何か? まず、第一に強制性を認め、国家の直接関与を認めた事である。第二に、「心からの謝罪」と「歴史の真実を回避することなく寧ろこれを歴史の教訓として直視する事」である。安倍は、その全てを、継承するどころか否定しているではないか。韓国北朝鮮はじめ、アジアと世界の民衆は、安倍の口先だけの、謝罪の繰り返しが、日本のアジア侵略の歴史の正当化の思想に根ざしている事を糾弾している。(「世界の新聞から」参照)安倍はその後も、この口先だけの「継承」を、小さい声で繰り返えすのだが、それは、民衆を目晦ましするためにだけ、そうしているのだ。
一方では、強制と謝罪を拒否する事によって「自虐史観からの脱却」という、アジア侵略の正当化の思想による国民の「統合」を、執拗に狙っているのである。

、国家としての正式な謝罪拒否は、日本の軍国主義の正当化だ

3
5日同じ日に、安倍は「慰安婦問題を国会の場で討論するのは生産的でない。戦後日本の歩みをおとしめるものだ。」とまで言って、彼の、日本軍国主義のおぞましい歴史の正当化に基づく、腐敗した国家主義の破綻を攻撃的に取り繕うとした。
自民党の議席からも、質問者に対し「恥ずかしい質問をするな」と言う野次が浴びせられたが、(しんぶん赤旗34日付)これは、今日の日本の保守政治家たちの人格的思想的腐敗化が、極めて深刻である事を示している。
これからの日本の行くべき姿は、過去の歴史に向き合い学ぶ姿勢の中にあることを、これら「恥ずかしい政治家」たちは、安倍とともに否定しているのだ。安倍執権党の国家主義への傾斜が、今なだれを打って始まっていることに、われわれは警鐘を打ち鳴らさなければならない。  
歴史への無知で済まされない、執権政党内部のパラノイア的腐敗現象が、ファシズム的大衆欺瞞の言語表現(これは、安倍的目くらましと共通している。)となって溢れ出てきた。
3
16日、日本政府閣議は、安倍が国会において「日本軍による従軍慰安婦の″狭義“の強制性は存在しない。」と言明した事に対する社民党議員、辻本清美の質問主意書に、答弁書を提出したが、それは、安部の強制否認を、臆面も無く追認し、「政府の資料には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示す様な記述は見当たらない。」「河野談話は、歴代内閣が継承している。しかし、正式に閣議決定する事は考えていない。」と、又もや口先だけの”談話継承“をいう一方で、行動ではそれを全面拒否した。

5、下村副官房長官は“慰安婦は、親が娘を売ったからだ”と、国家犯罪を親の責任にした。

3
25日、下村博文官房副長官は、民放ラジオの番組放送で、「従軍慰安婦」問題について「従軍慰安婦は存在しなかった。」と、発言した。それは、大衆欺瞞の言語表現において、安倍と、うり2つである。
そして、日本国家による強制的性奴隷化制度を、こともあろうに、慰安婦たちの父母の責任にしたのである。「国内的には狭義と広義は重い意味の違いがある。“従軍慰安婦”と言うのは無かった。
河野談話も、“いわゆる従軍慰安婦”としている。従軍看護婦とか従軍記者 はいたが、当時、従軍慰安婦はいなかった。ただ“慰安婦”がいた事は事実。日本も昔、貧しい時代に女郎屋に行ったと言う時代があった。同様に(朝鮮でも)親が娘を売ったと言うことはあったと思う。娘からすれば、それは強制だ。だが日本軍が関与していた訳ではない」と。 
下村は、一つには、当時日本国家が、この性奴隷の呼称を、“従軍慰安婦”と言わずに“慰安婦”と呼んでいたから「従軍慰安婦はいなかった。」と言う、子供騙しの様な、言葉の欺瞞によって、二つには、朝鮮民衆の父母たちが自分の娘を“強制して”慰安婦にしたにすぎないと言う“理由”によって、日本軍の強制的性奴隷を全面否定したのである。
しかも、翌326日の記者会見でも、 、韓国北朝鮮を初め、全世界からの憤激と抗議に対し、「関係国の理解が得られるよう引き続き努力を行って行きたい。」と確信犯的に自説を繰り返した。 安倍と自民公明執権党も、この、政府中枢の言論を黙認し、容認した。彼らがその一方で、「河野談話の継承」を百遍繰り返しても、もはやアジアの民衆は、誰も、日本政府の言葉を信用しないであろう。
韓国ヨルリンウリ党(与党)は、26日党声明で「万人が憤怒する妄言。厚顔無恥。憤怒を通り越し言葉を失う。日本が自国の拉致問題を最優先と言うなら当然自国が犯した従軍慰安婦に対しても、反省と補償を伴わねばならない。」と抗議した。 ( 日本共産党は、下村の罷免を要求したが“野党”民主党は、如何なる抗議もしなかった。)

、自国の非人道的国家犯罪は正当化して、北の拉致だけを非人道行為と叫ぶ安倍の行為は、世界から非難を受けている

この安倍や下村の、アジアの民衆に対する底知れない蔑視と人権意識の希薄さ、過去の日本国家の、アジア諸国家に対する蛮行の正当化、「慰安婦問題」での責任の否定と謝罪の拒否は、彼らの、北朝鮮による拉致問題に対する、「人権主義者」ずらした振る舞いが、見せかけである事を証明している。彼らは「拉致」を、日本の、過去の歴史の正当化の上に立つ国家の展望に向かって、政治的に利用しているにすぎないのだ。
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26日、安倍は国会での答弁で、「拉致問題は現在進行形の人権侵害であるが、慰安婦問題は、全く別問題だ」と述べた事が、そのことを物語っている。つまり、慰安婦強制動員問題は、「済んだ過去のこと」として片付け、アジアの民衆に対する、自国による非人道的人権蹂躙行為を正当化したのだ
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27日付韓国ハンギョレ紙は「軍隊慰安婦問題は、決して過去の問題ではない。慰安婦ハルモ二たちの傷に塩をまく重大な進行形の人権侵害行為だ。」(「世界の新聞から」参照)と糾弾している。   
安倍は、内閣発足時、まず中国と韓国を訪問しアジア重視のポーズをアピールして来たが、2月、米下院小委員会において「慰安婦強制動員」に対する日本政府への非難決議が議題になると、その歴史的事実の否定に向かって、なりふり構わない行動にでて、その本音を暴露した。在外公館を使ってアメリカの言論界に[反論]を書いたり、下院での日本非難決議を阻止しようと、金と人を動員して、反アジア的反人権的議会ロビー活動を展開している
4
3日深夜、訪米を控えた安倍が、ブッシュ大統領に電話をかけ米下院に於ける[従軍慰安婦謝罪要求決議]に関連して「謝罪の気持ちを明らかにした。」との日本報道機関のニユースにたいして、韓国、朝鮮日報は、次のように怒りを露にして論評している「被害の当事者であるアジアの国々と元慰安婦に謝罪せず、米国大統領に謝罪するとは、世の中にこんな出鱈目な事があるのか。」「日本は同じアジアの人々の苦痛や謝罪には、そっぽを向きながら、西洋国家から批判が出ると戦々恐々としてきた。日本の精神的道徳的年齢は何歳かたずねたい。」(「世界の新聞から」参照)

、安倍が、日本のアジアへの国家犯罪を否認し、謝罪しないのは、単なる「歴史認識」の問題でなく、国家主義者としての確信的犯行である。

「慰安婦問題」を通じて、これまでに明らかになったように、安倍とその執権政党は、この数々の反アジア的欺瞞的行為を、アジアと世界の嵐のような批判と抗議にもかかわらず、何故かくも執拗に、繰り返えすのであろうか。
頑強に[強制と謝罪]を拒否する一方で、批判が高まるとそのつど、口先の「河野談話継承」を繰り返す安倍の行動を「二律背反行動」と批判した所で彼らの真の政治的意図と企みを暴露したことにはならない。
「拉致問題」で北朝鮮を、非人道的人権蹂躙国家だ制裁を加えろと、狂ったように国民を煽り立てる一方で、自国が犯して来たその何十万倍の非人道的国家的犯罪に対しては、「証拠がない」「事実でない」「過去の問題」「強制動員はなかった」と全面否定をしている事に対して、「ダブルスタンダード(二重基準)」だと言う批判をするだけでも、安倍ら自民執権政府の隠された政治的目的を打ち破ることは出来ない。
まして、安倍と自民執権政党の行動と態度を、「歴史認識の誤り」とか「歴史認識の欠除」によるものと考えるのは、もっとお人よしである。「誤りや欠除」なら「正したり補えば済むこと」であるが、これらは、口先で謝罪し行動で否定する「確信犯たちの集団」による行為であり、アジアの民衆が共有する歴史的事実を“偽りの歴史”と公言し、アジアに対する日本の国家犯罪の歴史の究明を、「自虐史観」と攻撃してきた極右翼集団が中心をなす執権政府の目的意識的行動に他ならないからだ。  
安倍は1997年「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」を、中川昭一(現政調会長)とともに立ち上げ、初代事務局長として日本のアジア侵略の正当性を主張して来た張本人である。かれらは、1993年「河野官房長官談話」の当事者である河野氏を呼びつけ、[従軍慰安婦]の強制動員を、「外国の圧力で容認したことは認められない」と詰問したグループであり、同じ時期に結成された、西尾幹二を会長とする「新しい歴史教科書を作る会」や、日本の極右翼集団、「日本会議」と連携し、改憲と教育基本法の改悪を推進し、日本帝国主義のアジアでの数々の蛮行の歴史を正当化した社会科教科書を採用せよと要求してきた連中である。安倍執権内閣の18人の大臣の内、実に12人がこの集団に属しているのだ。彼らは歴史の事実を否定する確信犯であって、ただ単に「歴史認識が欠除」しているのでは無いのだ。

、日本の、帝国主義的侵略の歴史の正当化の上に、憲法改悪による、集団的自衛権容認と国民の諸権利を制約した社会を作るのが、安倍政権の最大の目的である。

安倍が、2006年、首相就任の臨時国会での答弁で、1993年の河野談話と1995年の村山談話を、「ともに継承する」と言った時、日本の言論界が、この口先だけの言葉に騙され「安倍は持論を変えた」と異口同音に思い込まされたのは、彼のこの様な独善的国家主義者としての経歴があったからだ。      
しかし安倍は、実際には一方で、自らの政権の目的を、第一に集団的自衛権の行使を改憲によって合法化しようとする先軍政策(軍国主義)、第二に教育基本法の改悪と国家支配、第三に国民の民主主義的諸権利への攻撃(国民投票法と、放送法の改悪やNHKへの介入を見よ)に置いていることを公言してきた。
安倍にとって、「談話の継承」は、この政治的目的のための、ファシスト特有の大衆欺瞞の手段にすぎないことはあきらかであろう。 とりわけ、村山談話と河野談話は、戦後50年経って始めて、日本国民と、アジアの民衆や国家に対して、日本帝国主義と国家による災禍と侵略の「疑うべくもない歴史的事実」(村山談話)や「慰安婦の強制動員」(河野談話)を認めたが、その両者とも正式の閣議決定による「国家としての謝罪」ではなく、被害者に対する「国家としての責任と賠償」も、回避したものであった。安倍が今日まで、一貫して歴史的事実と責任を否定しながら、時として「談話の継承」を口先で語ることが出来るのは、それが、国家による責任ある行動を必要としないからである。 従って、安倍は「談話を継承すると言うなら、それを閣議決定すべき」と言う。
抗議に対して「談話によってすでに謝罪は済ましているから、その必要はない」として、日本帝国主義の、アジアの民衆に対する蛮行の歴史の正当化を推し進めようとしているのだ。阿部の行動は、まさに「二律背反」で済まされない、一貫した犯意を持った行動と言うべきであろう。
安倍は、「安倍晋三対論集、日本を語る」(PHP研究所)で日本国憲法の持つ平和の理念の精髄とも言うべき、憲法前文を引用して次のように罵倒している。「“われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会に於いて、名誉ある地位を占めたい”のくだりは、非常にいじましい。」憲法の前文は「何回読んでも、敗戦国としての連合国に対する侘び証文でしかない。」と。ここに安倍晋三がよって立つ、日本資本主義の代弁人として視点が、露骨に現れている。
憲法の前文とそれを具現化した、91項および2項は、帝国主義国間の市場争奪をめぐる戦争の惨禍の上に築かれた日本とアジアの民衆の不戦の誓いと決意であり、侵略国家日本の、被害者であるアジアの民衆とその国々に対する謝罪と平和立国に向かう展望である。アジアと自国の民衆への平和の呼びかけを、戦勝国への呼びかけだと捻じ曲げる、安倍の視点に決定的に欠けているものは、権力を持たない圧倒多数の庶民の立場である。   
日本国憲法の前文は、戦勝国であろうと敗戦国であろうと私的利益のために民衆を苦しめた、それらの国々の権力者に対する告発状でもある。それを一方の権力者に対する「侘び証文」と置き換える安倍の主張は、権力の側から平和の理念を揶揄して否定する薄汚い魂胆にあることは、明らかだ。
この、憲法前文の平和の理念を,アジアの国々と民衆に対する日本の歴史犯罪に対する謝罪ではなく、アメリカへの侘び証文と言うことによって、アジアに対する日本の国家犯罪を否定することを少しでも正当化できると考えているのだ。  安倍にとって慰安婦強制動員に象徴される日本の国家犯罪の否定は、憲法の平和の理念を否定することと分かち難く結びついていると言うことができる。

、安倍右翼集団に利用され、その一翼に転落した、「拉致家族会」

安倍が、自国の朝鮮民族に対する歴史犯罪の、非人道的人権蹂躙には目をつぶり、北朝鮮の拉致問題に対しては、人権と人道上の最優先課題と主張して、拉致家族会を反北朝鮮の一大キャンペーンに動員しているのは、二重基準と言うよりも北朝鮮の脅威をことさら煽りたて、憲法の平和理念と国民の人権と諸権利の、否定と制約の国家作りと言う明確な意図に基づいている。
今日、拉致家族会の運動は、当初の救出運動から、アジアに対する日本の歴史犯罪を隠蔽正当化し、日本の軍国主義を推進し国民の民主的諸権利を制約する右翼集団の一翼を担うものに転落している。
彼らの口から、一度でも、日本の歴史犯罪によって災禍を受けた朝鮮民族の現在進行形の問題に対し、同情の念が語られた事はない。それどころか西岡力に代表される家族会指導部は、慰安婦強制動員に対し「河野談話の見直し」(39日、民主党「慰安婦問題と南京事件の真実を検証する会」での講演)を主張し、日本のアジア侵略の犯罪正当化に手助けをしている。
また安倍政権のNHKへの国家介入に他ならない拉致問題に関する放送命令を積極支持、要求し、権力による国民の権利侵害行為を容認してきた。さらに、六カ国協議を通じて拉致が優先課題だとして極東アジアの平和構築を妨害する安倍政権をあと押しして来た。北朝鮮への「制裁」とか「テロ国家指定解除の中止」などと言う、極めて政治的問題について、日本やアメリカの権力に実行を迫るに至っては、もはや抑圧先軍国家をめざす、安倍右翼集団とどこが違うのだろうか。

10、アジアの過去と向き合い、歴史を学ぶ事を通じて現実を見るのは、日本人の責務である。

日本国民が未だ歴史的に払拭し得ない危険な潜在意識としての、アジアの諸民族とりわけ朝鮮民族に対する差別意識は、戦後、天皇の、アジアと日本の民衆に対する人道と人権に対する責任追及をあいまいにしたことと、明治以降の日本天皇制帝国主義のアジア植民地支配の歴史を、日本の近代化にとって正しかったと主張する、日本支配階級の多くを占める右翼勢力による教育への介入によって培われて来た物である。
徹底した真の歴史教育が無ければ、残念なことだが、日本人がいつ又、1923年の関東大震災に於ける、一部民衆や自警団と、警察、日本軍による朝鮮人虐殺(7000人)のような事態を、引き起こさないとも限らないのである。
韓流の文化現象の底流には、未だ歪んだ歴史観に煽られ易い人々がいる。現在進行形の歴史犯罪に対する自己批判が日本人の責務として、行はれなければならない。   
先日 韓国から日本へきた留学生の、「歴史の真実は一つしかありません」と言うコメントが載った某新聞社のホームページを見た日本人たちの書き込みは、まともな人間なら、嘔吐がでそうな民族的差別の言葉で埋め尽くされていた。「この鮮人野郎」「とっとと韓国へ帰れ」などは、まだ序の口だ。   
北朝鮮と在日朝鮮国籍の人々を唯一直接つなぐ手段としての船便、万景号の新潟港入港を妨害しようと、新潟県に抗議行動を繰り返していた拉致家族会の支援団体の一部の文書も、それとウリふたつの、反人道的差別用語を使っていた。安倍と協同し、右翼集団に指導される拉致家族会は、この様な民族差別と国粋主義的傾向を助長し、憲法改悪を推進する運動に堕落した。
「従軍慰安婦強制動員」問題の究明は、過去と向き合いながら平和憲法体制としての日本を守りきるのか、日本の国家主義が、アジアにもたらした非人間的行為を正当化し、安倍自民執権政権と右翼国粋主義集団による日本の軍事国家化と抑圧体制の道を許すかの、極めて政治的な戦いである。 


<参考文献> 

○『世界に問われる日本の戦後処理1』(「従軍慰安婦」等 国際公聴会の記録) (東方出版)
○『証言・強制連行された朝鮮人軍慰安婦たち』韓国挺身隊問題対策協議挺身隊研究会編(明石書店)