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(韓国・ハンギョレ 政治ニュース 2008130日付 )
http://www.hani.co.kr/arti/politics/defense/266438.html



           ブッシュ国政演説から見た北・米関係の変遷


<ソン・キム課長が31日訪北>米国の北核問題の実務責任者であるソン・キム国務部韓国課長が、29日午後、インチョン空港に入国して、内外信記者の質問を受けている。キム課長は、中国に立ち寄った後、31日ピョンヤンを訪問する。


“北韓の核、完全な申告”を期待・・(米国)


2002
年国政演説で、北韓を“悪の巣窟”と規定して、韓半島を第2次北核危機に駆り立てたジョージ・ブッシュ大統領が、退任を前にした最後の国政演説では、北韓について口を噤んだ。ブッシュの国政演説は米国行政府の対北政策の照尺と言う点で、この間の北−米関係の変遷史をよく見せてくれる。
2001年就任したブッシュ大統領の、初めての国政演説である当時の“悪の巣窟”演説は、ブッシュ一期行政府の、対北強硬の気流を圧縮的に代表した。その年10月ジェイムス・コリー、当時国務部次官補のピョンヤン訪問で、北韓の高濃縮ウラニュウムプログレム疑惑が提議されながら、北核問題は漂流を繰り返した。北韓の核凍結解除と核拡散禁止条約脱退などに続く、北―米関係は、急激に悪化した。2003年には、北韓を“住民らを恐怖と餓えの中に暮らすようにする抑圧政権”と“核武器を追求して保有した無法政権”として指差すなど、対北圧迫強度を高めた。
2003年六者会談が開かれ始まったが、国際的圧力を通した北韓の核放棄というブッシュ行政府の政策基調には、変化が無かった。ブッシュ大統領は、2004年国政演説で北韓を“世界で最も危険な政権”として指差した。二期行政府の出帆直後である2005年国政演説でも、ブッシュ大統領は北韓の“核野望”を、言及した。北韓は、核武器保有宣言をするに至った。2006年には、“北韓、イランなどと同じ、(民主主義が無い)残り半分を忘れては駄目だ”と、北韓の人権問題を取り上げて、北韓は、その年ミサイル発射と核実験を敢行し、北−米の対立が極限に向かった。
強硬対置の、荒い次の暴風を、今一度確認したブッシュ行政府は、以後方向を急旋回しはじめた。イラク戦が、抜け出る力など泥沼に落ちこんだと言う事実が、明らかになり、力を押し立てた一方主義を主唱したネオコン(新保守主義者)達の退陣が引き続く時点とかみあった。両国のベルリンの接触で新しい突破口を準備した。2007年国政演説でブッシュ大統領は“核兵器無き韓半島を達成するための集中的外交を追及している”とし、初めて北韓問題に対して最小限で言及する水準に切り替わった。今回には、ハナから言及しないものとして、もう少し、忍耐を持って北韓の“完全にして、正確な”核申告を待つという信号を北韓に送ろうという意味で解釈できる。
                                                          
(訳 柴野貞夫)

<解説
131日から22日まで、ピョンヤンに滞在する米国国務省韓国(朝鮮)課長、ソン・キム氏は、北朝鮮の非核化をめぐる六カ国協議の停滞が、主として米国と北朝鮮の「核申告」の内容に対する「見解の相違」から生じている問題に対して、米国の弁明と北との調整という役割を持って臨んでいるものと考えられる。
北朝鮮は2007103合意での第二段階の措置に対する自国の履行義務は、すでに実行したのであり、他の諸国、特に米国は、「テロ支援国家指定、敵性貿易法解除」等の義務を履行していないと指摘し、「行動対行動」の同時行動が実行されていないと米国を非難している。
特に、米国内で『北の核申告の不履行』を理由に、六カ国協議を否定し北に対する対話を否定、体制攻撃を挑発するネオコンの台頭巻き返しを抑えられないことが、米国の義務履行を妨げていると考えている。核無能化を70l(北の言明)に抑えざるを得ない理由は、米国の義務の不履行にあるという指摘だ。北朝鮮の核廃棄に向かう意思は、確固としており米国の意思もまた、今のところ同じであろうと言う、事が覗えるのが、今回のキム課長の訪北である。