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キム・ヨンボム著「日本主義者の夢」プルンヨクサ社出版、日本語訳連載H)

―朝鮮人による司馬遼太郎の歴史観批判―






        

       

 

第2部 再び明治の栄光を

 

―司馬遼太郎史観、その日本主義の正体―

 

 

そのH(82〜87p)

 

 

○「司馬の日露戦争礼賛と、その礼賛を異口同音に合唱する司馬史観の追従者達は、帝国主義国家間の利益争奪戦争を、‘祖国防衛戦争’として美化する‘意図的な誤謬’を犯すことで、結果的に韓半島の植民地化を、‘軟弱な朝鮮の不可避な歴史過程’として正当化する無理押しを弄している。」(本文より)

 

○「司馬の≪坂の上の雲≫は、希望と夢の象徴のように青い空に浮かんでいる一点の白い雲を、帝国主義明治日本の栄光だと言う側面からだけ眺めることで、明治の歴史の暗澹たる側面を覆い隠してしまう過誤を犯した。実際に、日本現代史は、日露戦争を絶頂として‘栄光の坂’の道から転がり、破滅の軍国主義へ駆け上がった。」(本文より)

 

 

 

(本文)

 

極東の憲兵、アジアの盟主を狙う

 

 

日清戦争の勝利で、帝国主義への足掛かりを固めた日本は、1900年の義和団事件を契機として‘極東の憲兵’の役割まで持つ事となる。

義和団事件とは、欧米列強の暴力的利権の奪取に抵抗し、中国民衆が山東省で蜂起した事件を言う。この事件は、独自の武術と拳法を誇る新興宗教集団である義和団が蜂起を組織したとして、義和団事件と呼ぶ。義和団は、北京・天津地方を掌握すると同時に、北京駐在外国公館まで包囲し脅威を加えるほどで、‘扶清滅洋’、即ち清国を助け欧米帝国主義を打倒しようと言うスローガンの下、気勢をふるった。

その時日本は、中国分割を画策していたロシア・英国・フランス・米国・イタリア・ドイツ等が構成した反清義和団同盟軍、最近の言葉で表現すれば、反清多国籍連合軍に、最も大規模兵力を投入する事で、‘極東の憲兵’となった。

 

歴史上はじめて、強大国の連合軍に堂々と参加した明治日本、国連平和維持活動参加と言う名分の下、経済大国日本が自衛隊を海外派遣した、1990年代の歴史的事件を連想させるこの明治陸軍の清国派兵に対し、当時の陸軍大臣・桂太郎は、自叙伝で“将来、東洋の覇権を掌握しなければならない端緒”であることに違いないと記録した。その上彼は、反帝国主義民族運動を鎮圧するための日本陸軍の派兵を、“列国の伴侶となる保険料”だとまで語った。

明治陸軍の最高責任者である彼の発言は、‘極東の憲兵’の主たる関心が、どこまでも死の直前の清国で、利権戦争の熾烈な角逐戦を繰り広げる帝国主義列強の隊列に介入する事と、それを足場として東アジアの盟主の席を確保する事にあった事を克明に見せてくれる。

 

 

 

ロシア恐怖病―‘征露丸(せいろがん)’の流行

 

 

日露戦争の前提として挙論されるロシア脅威論は、日清戦争後の日本で更に強化され始めた。それは、ロシアが満洲に対する野望を露骨化した事に対する憂慮のためだった。満州利権を巡ってロシアと競争した明治日本としては、ロシアの膨張政策を心配するに値した。ロシアは、1897年清国の北洋艦隊の基地だった旅順を占拠し自国の東洋艦隊の根拠地にしたし、その後に勃発した1900年の義和団事件の時には、満州に送った大軍を撤収させずそのまま続けて居座り、満州占領を継続した。そして1902年には、他のヨーロッパ列強と日本があれほど憂慮したシベリア鉄道さえ完成された。ハバロフスクーウラジオストックを結ぶ東シベリア鉄道建設が完結されたのだ。

 

明治支配層が、‘主権線―利益線’理論により意図的に宣伝した事で見える日本のロシア恐怖病は、そのころ、殆ど極まったと伝えられる。ロシアの満州占領とシベリア鉄道の完成で推測すれば、ロシアの南進政策が韓半島まで伸ばすだろうと言う点がロシア恐怖病の正体だった。日本人達は、それを‘恐露病’と呼んだ。そしてこの恐露病は、ついに‘征露感情’へ発展した。消毒の臭いが漂う胃腸薬‘セイロガン[正露丸]’が、元来ロシアを征服すると言う意味の‘征露丸’だったと言う事実から‘征露感情’がどの程度だったか、斟酌する事が出来るであろう。日露戦争の中で、軍用薬として開発され、効力を見せたと言う‘征露丸’は、太平洋戦争敗戦後、公序良俗に反すると言う理由で‘正露丸’に変えられた。

 

戦前に高等教育を受けた司馬もまた、明治の支配者たちが戦時国民動員体制の強化策として流布させたと見える‘手柄兵’の治療薬‘征露丸’を服用しなかったのかどうかが斟酌される。そうでなければ、軍国主義昭和の非合理性と無謀を厳しく批判した良識ある司馬が、日本の侵略戦争である日露戦争を、‘祖国防衛戦争’へと、化けさせるはずがない。

 

 

 

ロシアの南下政策は‘神話’

 

 

そうであれば、ロシアはやはり韓半島を支配する意思を持っていたのか?日本のロシア恐怖、司馬が言ったように“朝鮮半島まで進出し、脇腹に匕首を突きつける”恐怖が正当性を得ようとすれば、こんな問いが解けなければ駄目だ。

これに対する解答は、高橋秀直とロシア歴史専門学者である和田春樹の研究で得ることが出来る。

高橋は、彼の著書《日清戦争への道》で、日本ではロシアが不凍港を探し、沿海州から南下を続けていると言う固定観念を持っていたが、日清戦争前までロシアは“極東での南下=朝鮮支配を目標にしなかった。”と指摘している。それによれば、ロシアの“一貫された南下政策は、神話に過ぎない。”同様に“ロシアは朝鮮に南下しようと言う考えはなかったのであって、彼らの朝鮮政策は、朝鮮が敵対国の手中に落ちるのを防ぐことにその目的があった。1886年には朝鮮の領土保全を保障する協定を締結することを、清国に提議するほどだった。”という。

 

そうであれば、日清戦争後にはロシアの政策に変化があったのか?

和田によれば、変化がなかった。1895年の明成皇后(訳注―李王朝26代王・高宗の妃。日本軍に殺害された閔妃のこと)殺害事件が発生したあと、高宗皇帝がロシア公館へ避難、保護を受けるなど、朝鮮朝廷で親露の立場が強化されたのは事実だ。しかし、韓半島進出は日本との先鋭な対立を自ら招くものだったので、ロシアとしては進出を避けなければ駄目だった。従ってロシアは、日本が韓半島を完全に掠め取るのは防がなければならないが、場合によっては韓半島を‘中立化’する線で、露日両国の対立を妥結するのも良いと言う構想を持っていたという。

 

和田は、≪北の友へ 南の友へ≫で、この様に言っている。

“帝国主義の一角を占めるロシアは、はなから、朝鮮の‘自由の友’ではなかった。単に、自分自身が朝鮮を一人占めする力を持つ事が出来なかった為に、日本が朝鮮を占有しなかったら、それで構わないと言う立場だった。そのため、日本が朝鮮を占有しなかったらロシアが朝鮮を掌握しただろうと言う主張は、歴史的に正しくない。”

ロシアの韓半島政策が、そうであったなら、ロシアが日本を直接侵攻する蓋然性は、さらに小さくなる。

以上のように、ロシアの韓半島政策、乃至は南進政策の実態を把握してしまえば、ロシアの脅威論を前提に成りたった‘日露戦争=祖国防衛戦争論’が、如何に説得力なく、虚構的な論理であるかを知る事が出来る。

 

司馬の日露戦争礼賛と、その礼賛を異口同音に合唱する司馬史観追従者達は、帝国主義国家間の利益争奪戦争を、‘祖国防衛戦争’として美化する‘意図的な誤謬’を犯すことで、結果的に韓半島の植民地化を、‘軟弱な朝鮮の不可避な歴史過程’として正当化する無理押しを弄している。日本の一部保守派の政客達が、ちらっと語れば、韓半島に対する植民地支配を正当化し美化する発言を躊躇なく吐き出すのは、彼らが最近までも、欧米列強の隊列に加わり、帝国主義侵略の道を共に歩んだ明治帝国の栄光を憧憬し、それを誇りとして思う為ではないのか?と考える。

 

近代化に成功した‘小さい’明治日本が、ヨーロッパの巨人国に勝ったと言う‘誇らしい’側面だけを記憶し、日露戦争の侵略性と帝国主義的属性を無視する限り、日本主義者たちが極めて日本中心的であって主観的な歴史認識から抜け出すことは難しい。

 

司馬の≪坂の上の雲≫は、希望と夢の象徴のように青い空に浮かんでいる一点の白い雲を、帝国主義明治日本の栄光だと言う側面からだけ眺めることで、明治の歴史の暗澹たる側面を覆い隠してしまう過誤を犯した。実際に、日本現代史は、日露戦争を絶頂として‘栄光の坂’の道から転がり、破滅の軍国主義へ駆け上がってしまった。

司馬は、こんな破滅の軍国主義時代を‘精神衛生上悪い昭和’だと指さして言うが、問い正して見れば、彼の‘暗い昭和’が、‘明るい明治’‘栄光の明治’から胚胎された必然的産物だと言う事実を看過してしまった。

‘明るい明治’だけを浮き立たせるとしても、‘暗い昭和’の歴史が消されない様に、過去史の明るい面だけを称賛するとしても、暗い面が消えるものではないと言う真理を、司馬は悟らなければならなかった。

 

しかし不幸にも、彼は‘明るい明治’と‘暗い昭和’を断絶する線でだけ、近現代史の明暗を分別する誤謬を犯してしまった。

(次回へ続く)

 

(訳 柴野貞夫 2010・3・25)

 

参考サイト

 


10年3月8日更新
キム・ヨンボム著、「日本主義者の夢」プルンヨクサ社出版、
日本語訳連載G



10年3月1日更新
キム・ヨンボム著、「日本主義者の夢」プルンヨクサ社出版、
日本語訳連載F



10年2月18日更新
キム・ヨンボム著、「日本主義者の夢」プルンヨクサ社出版、
日本語訳連載E



10年2月7日更新
キム・ヨンボム著、「日本主義者の夢」プルンヨクサ社出版、
日本語訳連載D



10年1月29日更新
キム・ヨンボム著、「日本主義者の夢」プルンヨクサ社出版、
日本語訳連載C



10年1月29日更新
キム・ヨンボム著、「日本主義者の夢」プルンヨクサ社出版、
日本語訳連載B



10年1月29日更新
キム・ヨンボム著、「日本主義者の夢」プルンヨクサ社出版、
日本語訳連載A



10年1月24日更新
キム・ヨンボム著、「日本主義者の夢」プルンヨクサ社出版、
日本語訳連載@



10年1月15日更新 
日本帝国主義の、東北アジア侵略の歴史の正当化によって、国粋主義者の復活を鼓舞する司馬遼太郎の思想と歴史観を告発する。) <シリーズ・1>