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(朝鮮民主主義人民共和国・労働党機関紙 労働新聞 2008530日付)
http://www.kcna.co.jp/today-rodong/rodong.htm



          南朝鮮当局の反民族的<実用主義>を断罪する


    

(△531日から61日未明にかけ、ソウル市庁前で約10万人の市民が、米国産牛肉の無差別輸入と李明博の政策糾弾の大規模示威をおこなっている)


最近、南朝鮮ではリ・ミョンパク(李明博の北韓発音・訳注)《政権》を糾弾する各階層の大衆的闘争が、大変激しく広がっている。

逆徒の欺瞞的正体と犯罪的策動に激怒した民心は、南の土地を蝋燭の火の海で覆い、全民抗争の趨勢を見せ《弾劾》運動にまで拡げて、李明博徒党を極度の窮地に追い込んでいる。
南朝鮮で、《政権》が入れ替わりわずか三ヶ月で駄目となり、人民達の見限りを受け深刻な政治的危機に落ち込むのは、歴代傀儡(かいらい)政権史上始めての事だ。南朝鮮の破局的事態は、李明博徒党の反民族的《実用主義》が身につけてきた必然的結果だ。
李明博は執権後、その《実用主義》なるものを《統治哲学》として唱え、対内外政策の全てであるが、《実用主義》を看板に掲げひいては北南関係でも《実用主義》を押し立てている。
李明博が先行《政権》との《差別性》を云々しながら、《実用主義》を新しい物とか結構なものの様に《統治哲学》を持ち上げたことも、見るからに滑稽な仮面劇であるが、それが、実は米国の御主人の反動哲学を真似したと言う所から、さらに失笑を禁じえない。
全て知るところの様に、《実用主義》は、かって以前の米国が、極端な利己と貪欲、侵略と支配の為の教理として掲げた反動的哲学論理だ。
米国式《実用主義》は、一言で、米国に利益となり有益なものは総て《真理》となり、彼等の為には手段と方法を隠さなければならないと言う、極めて破廉恥な詭弁として、とうの昔に世上の人々から侵略と略奪を正当化する《悪辣強盗哲学》として烙印され、排斥されてきた。
李明博が、そんな(米国)御主人の反動的な《実用主義》を《最も合理的な原理》だと言いながら保守《政権》の《統治哲学》として掲げたことは、かれが、どれだけ無知で愚鈍な市井の商人であって、醜悪な親米事大分子であるかと言うことを良く見せてくれる。
さらに逆徒が、《実用主義》を北南関係にまで適用しようとしながら、《対北政策》の基調に掲げるのは、我が民族に対する我慢できない愚弄であって冒涜だ。
李明博一党が《実用主義》を押し立てるのは、事大売国と反北対決的正体を覆って、自主統一と平和繁栄の道に元気好く前進して行く大勢の流れを遮断し、北南関係を外勢の籠絡物に作る為の犯罪的策動として絶対許すことが出来ない。
何よりも李明博が《実用主義》を掲げていることは北南関係の根本性格と現実に目を背け、民族共同の理念を否定し同族対決を追求する反民族的妄動だ。
周知の通り、北南関係は、外勢に依って一時的に引き裂かれた同族間に、統一を指向して行く過程の特殊な関係だ。
民族の内部問題である北南関係を、国と国の間の関係のように扱おうとして、それに《実用主義》のような反動論理を適用するのは、極めて無知粗暴なこと言い尽くせない犯罪的暴挙だ。
そうであるにも拘らず、李明博は《理念の時代は過ぎて、実用の時代が到来》したと、言いながら北南関係を《理念のものさしでなく、実用のものさし》で解決しいていくと公言している。
これは、現実に対する、彼の浅薄で虚妄な思考方式を、そのまま曝け出したものだ。今、世界的に冷戦が終息されたと言うが、思想理念的対決が緩和されたのではなく、むしろ先鋭化されている。米国は、全世界を米国化して見ようと侵略と戦争に狂奔しながら他国と民族の理念と自主権を無残に踏みにじっている。米国のために、数多い国と民族たちが自身の全てのものを奪われ、計り知れない不幸と苦痛を被っている。侵略者には、これが(《実用》になるかもしれないが、その被害当事者にとって《実用》に為り得ないのは、あまりにも自明だ。
朝鮮半島で、米国の戦争策動も日増しに憂慮されている。米国の対朝鮮敵対視政策は、本質に於いて我が社会主義の理念と制度を抹殺しようとするものだ。
今日の、この様な現実を度外視したまま、彼の《実用の時代》とか、何とか言うものは、李明博の様な、親米に狂気の沙汰となった、あき盲目だけが出来る出鱈目な饒舌に過ぎない。
李明博が北南関係を理念のものさしでなく、実用のものさしで解決していくと言うことが、やはりかれらの不順な政治的俗心を覆う為の、三文の値打ちもない欺瞞劇だ。
逆徒が《対北政策》として持ち出した《非核、開放、3000(北民衆の所得を3000$へ引き上げると言うー訳注)》と言うものを見ても、それが誰の《変化》であり、《人権》だと言いながら、北南間の思想と理念、体制対決を悪辣に追求している。南朝鮮の現保守執権勢力は、《非核、開放、3000》が、東ヨーロッパの体制変化と崩壊を誘導する為、米国が利用した方式を模倣したものだと言うのについて、隠していない。
現実は李明博一党が《理念を離れた実用》を暗記するが、それは破廉恥な偽りであって、実際には《実用》の看板の下に、米国の反社会主義、反共和国圧殺策動の突撃隊として乗り出している。
李明博が《実用主義》の看板を掲げるのは、615共同宣言に明らかにされた民族共同の理念である《我が民族同士》を否定して去勢しようとするもので、彼の反動的俗心がある。
南朝鮮の保守徒党たちは、全民族が一層共に支持共感する《我が民族同士》の理念をどのようにして排除しようと、これに対して《排他的民族主義》とか、《傾いた民族主義》とか言う妄言も躊躇(いと)わないでいる。一体全体、我が民族同士の、力を合わせて国の統一問題を自主的に解決して行こうと言う理念が、彼等にはどのようにして、《排他的》で《傾き》が在る《民族主義》に見えると言うのか。これは、外勢に命綱をかけて暮らす、極悪な事大売国奴の荒唐無稽な毒舌として、615共同宣言に対する厳重な道程で、それを支持する我が民族にたいする露骨的挑発だ。
李明博としては、民族も、自主統一も全て捨てて、北と南が与えられる宿命に従って、互いに異なる国のように壁を積んで生きて行こうと言うのだが、こんな胆のうの抜けた天下役が、他にもどこにあるのか。
結局、逆賊輩の《実用主義》は、北南関係を615以前の時代に逆回りしようと言う反北対決論であり、歴代ファショ統治輩達が持ってきたが、惨敗の憂き目を見た《勝共統一》、《吸収統一》論の変種と違いは何もない。
李明博一党が《実用主義》を掲げているのは、さらに北南関係を、低俗な商売人関係に変質させて自己の利得だけ図りながら、国の分裂を永久化するための反統一的犯罪だ。
李明博徒党は、いわゆる、《創造的実用主義》とか、《原則的実用主義》とか言う看板の下に、北南関係で提起されるあらゆる問題を、彼等の《国益》を押したて天秤にかけながら、北南間に合意した物と言っても打算に合わなければ取り除くのだと、公公然とやたら言っている。
これに従って、北と南が合意してきた、民族の絶対的な支持を受けた104宣言に対しても、《国益》に合わないと言いながら《経済的妥当性》とか《財政的負担》とか言う、そのどんな《4大原則》と言うものを唱え、(その)履行を公公然と中断させている。
更に、《厳格な相互主義》を騒ぎ立てながら、北が核を放棄して《開放》する前には北南関係を前進させることが出来ないし、協力事業でも、《一方的支援》はすることはないと騒ぎ立てている。これこそが、北南関係の基本原則と北南協力事業の崇高な目的を無視する反統一的妄言だ。
615共同宣言と10.4宣言に、明白に明らかにされているところの様に、北南関係は何処までも民族共同の利益を優先視して、統一指向的であることにならねばならぬ。北南協力作業、同様に民族の統一的発展と共同繁栄のための崇高な作業として、有無相通と相扶相助(相互扶助)に基く公理公営が基本原則とならねばならない。
李明博徒党が、《国益》とか《相互主義》とか言うのは、民族の総意を込めた北南関係原則と協力作業の目的に完全に反するものとして、彼等には、民族共同の利益もなく、統一も眼中になく、狭小な利害打算だけ先に立てて、自己の利得だけ図る雅拙な商売人の俗物的根性だけ、ぎっしり詰っていると言うことを見せてくれている。
李明博徒党が、その《一方的支援》なるものを騒ぎ立てているのは、言語道断だ。かれらは、今まで北南合意に伴うあらゆる協力作業を《一方的支援》と描いているが、一体全体、誰が誰に一方的支援をしたと言う話なのか。
《一方的支援》に対して言えば、我々が言う言葉がもっと多いと言わなければならない。我々は、民族の和解と団結、統一のため先の時期、南側が懇請する問題等を、度量を持って可能な限りすべて解いてきたし、南朝鮮人民と企業家らの為に、ひいては軍事的に鋭敏なクムガンサン(金剛山)地区とケソン(開城)地区まで開き与えた。成り行きが難しい南朝鮮企業らに対しては、あらゆる特恵と特典を全て提供しながら、生きる道を開き与えている。これだけ見ても北南協力事業で世話を受けるものをわざわざ計算すれば、我々でなく南朝鮮であることを知ることが出来る。
その上、米国の核危機の中で朝鮮半島の平和と安全をしっかりと守り与えた我が先軍の恩恵を離れて、今日の南朝鮮経済を上々に出来るだろうか。
そのようにも拘らず、その《一方的支援》なるものを云々するのは、615以後拡大発展してきた北南協力事業に遮断の峰を下ろして、北南関係を破綻させるための故意的な難癖に過ぎない。
人道主義協力事業に対して、言うとしても、我々は解放直後から今日に至るまで、南方の同胞たちが災難に遭ったり生活状態が困難に為ったとき毎に、同胞愛で惜しみなき支援をした。我々はそれに対し、いつ一度も、恩を着せたことはなく、そのどんな付帯条件を出したことは、尚また無い。
李明博徒党が、同族に対する人道主義作業まで算盤(そろばん)の玉を弾いて、政治的付帯条件と対価を持ち出しているのは、彼等こそ、民族の血と良心はおろか、人間の初歩的道義さえ、すべて捨ててしまった恥ずべき卑怯な冷血奸であり、「金ともの」の他は何も知らない汚い人間だと言うことを曝け出すだけだ。
李明博の《実用主義》は、結局、彼の反民族性と反動性によって、民族の排撃を受けた以前のファッショ《政権》が提唱した《相互主義》の延長としての北南関係を、悪巧みして低劣な商売人関係に転落させて、自分の利益だけを追求する、腐りきった《物質万能、黄金万能主義》の複製品であり、民族的紐帯と血縁的連係を断ち切ってしまい、北と南が永遠に他人同士の様に、自己の利益だけ身につけながら生きて行こうとする、犯罪的な《永久分裂論》に過ぎない。
李明博逆徒が、《実用主義》を掲げているのは、更に、民族の利益を外勢(米帝、日帝を初めとする帝国主義勢力ー訳注)に売ってしまい、我が民族の尊厳と自主権を外勢の籠絡物(取り込められたものー訳注)にすることは、亡国的大罪悪だ。
李明博は、《実用外交》の看板の下、《韓米関係優先論》を掲げて、《韓米関係が良いと南北関係も発展》出来ると言いながら、北南関係を対米関係に従属させ扱って行くと騒いでいるかと思えば、北南関係問題を国際化して対外関係の中で解決して行くことだと公言している。
それとともに、過去対決時代にも北南関係を主管してきた《統一部》を大幅縮小弱化させ、有名無実に作っておき、代わりの《外交統一部》の権能を大きく強化した。
これは、李明博逆徒が頭初、自分の民族は念頭にも無く米国の主人以外知らない、稀代の売国逆賊だと言うことを見せている。北南関係を対外関係に従属させ、取扱って行くと言うのは、常識以下の妄言だ。
対外関係は、何処までも自分の民族の利益を擁護する為のものとして、どんな場合でも、民族内部問題の優位に置かれることは出来ない。実際に、この世上のその何処にも、自分の民族の利益を裏切りながらまで、屈従的な対外関係を持つ国は無い。
李明博は南朝鮮を、外勢に売ることが出来ない北南関係までも、対米関係の従属物に転落させ全民族の利益を外勢に、あるもの全て、仕えて差し上げようとしているのだ。
李明博の《実用主義》がどんなものかと言うことは、この間《実用外交》の看板の下で進行された、彼の米国、日本行脚を通して如実に現れた。
逆徒は、米国の主人を訪ねて、《21世紀の戦略同盟》を騒ぎ立て主人が要求するものを全て受け入れた。米国産の狂った牛肉まで南朝鮮にむやみに取り込んで市場を全面開放し、親米走狗としての悪名を轟かせた。それだけでなく、米国怨との政治、軍事、経済的結託を強化して反共和国謀略騒動にぶらさがった。日本を行脚しては、《未来志向関係》と言う美名の下、(日帝の)過去罪行を隠して置いて、倭王(天皇ー訳注)にぺこぺこしながら、民族の魂と精神まで差し出した。逆徒の米・日行脚こそ、最も恥ずかしい《朝貢外交》、《屈辱行脚》だ。
同族に対しては《一方的支援》とか何とか言って、そのように騒ぎながらも、米・日の御主人に対しては疎ましく媚びへつらいながら、《仕え奉ること》に熱を上げることが即ち、李明博徒党が騒ぐ《実用外交》の真相だ。
今、南朝鮮で切れ裂けるように広がっている人民達の闘争は、李明博逆徒の反民族的《実用主義》に対する呪詛(じゅそ)と怨声(えんせい)の暴発であり彼の峻厳な審判だ。
諸般の事実は、李明博が騒ぐ《実用主義》と言うものが、最も醜悪な事大売国愛的《実用主義》であって、民族の利益を外勢に差し奉る対価として自分の政治的野望を追求するための《実用主義》として、逆賊徒党の反民族的、反統一的正体を隠すための仮面に過ぎないと言うことを、見せてくれている。
李明博徒党の《実用主義》のために招来されたものは、南朝鮮の植民地的隷属と経済、民生破綻の深化と北南関係の悪化以外ない。
南朝鮮の男女老少、各界各層が、李明博《政権》の《実用主義》がもたらした効果を辛らつに断罪糾弾しながら、《政権》打倒闘争に轟いているのは、あまりにも当然だ。
李明博徒党が追及する《実用主義》のたぐいは、何処に行っても北南関係が解決できないだけでなく、民族に恥辱と不幸だけをもたらすものだ。《実用主義》は、何としても正当化できず、誰に対しても通じない。
李明博が、全ての同胞の一様な糾弾にも拘わらず、《わが民族同士》の理念が具現された615共同宣言を否定し、北南関係を妨げていきながら犯罪的な《実用主義》に継続してしがみつけば、全ての同胞の更に大きな抵抗と拒否に突き当たって、恥ずかしい終末を避けることは出来ない。
                                                        (訳 柴野貞夫)


《解説》
5月24日から始まった、米牛肉輸入再開を容認した李・韓国政府の決定に対する韓国民衆の全国的抗議行動は、5月31日のソウル10万人集会にまで広がった。5月29日、韓国農林水産食品省がBSE(牛海綿状脳症)の特定危険部位を除き全面輸入再開の告示を発表したことに対する民衆の怒りは頂点に達した。
さながら、軍事独裁政権に対する19876月抗争の、街頭での戦闘警察と民衆の衝突を髣髴とさせた。民衆の示威行動が青瓦台へ向かい機動隊と衝突を繰り返したことは、民衆の示威の目的が、単に米国産牛肉輸入再開問題だけに限られたものでなく、李明博が掲げる《実用主義》と言う、働く民衆の犠牲と屍の上に成り立つ韓国版「新自由主義」政策の破綻に向けられたものであることを示している。
ハンナラ党と李明博に(3月の総選挙で)50l近い支持を与えた民衆は、教育・医療の市場化、公営企業の民営化に見る資本主義市場競争の徹底追及や、人員削減と労働強化・雇用の停滞、自然破壊を生む半島大運河構想など、李明博が民衆に敵対する資本家の代弁者にすぎないことが明らかになるにつれ、100日(64日で、李政権は100日となる)にして自らの不明に気がついたのだ。韓国政府は、6月3日に予定していた輸入再開の延期を迫られた。
64日、全国52選挙区で行われた再・補欠選挙でも、政権与党ハンナラは惨敗した。地方自治体首長9選挙区で、当選者は慶尚北道・清道だけだった。一方、統合民主党(ン・ムヒョン与党・ヨルリンウリ党の後継政党)は3選挙区で勝利し善戦した。6月2日付中央日報の世論調査は、李明博の支持率が19・7l、不支持率781lと報じている。
ソウル65日付ヨンハップ(連合)ニュースは、2,000615日の所謂、615南北共同宣言を記念する南北の記念共同行事が、クムガンサン(金剛山)で開かれるが、李政権とハンナラ党は「参加しない見通し」と報じている。北韓は、李当局の軍事境界線の通過を認めていないし行事への招請もしていない。280名の韓国代表団は、民間と、統合民主党、民主労働党だけである。
この、金大中と金正日の下で締結された615共同宣言の骨子は、統一問題では、「その主人である我が民族同士で自主的に解決して行く。」こととし、経済協力では、「南と北は経済協力を通じて、民族経済を均衡的に発展させ・・諸分野での協力と交流で信頼を固める」(宣言本文)と定義してきた。同様にその共同報道文では、南北の経済協力を具体化し、「南北経済協力推進委員会」の下で「協力事業」を推進することを確認したのである。
北韓の労働党機関紙、労働新聞、530日付論説はこのような韓半島の情勢の中で書かれたものである。これは、41日付労働新聞論説、「南朝鮮当局が反北対決で得るものは、破滅だけである」.(当サイト、世界を見る→世界の新聞から、<参照>)に次いで、2回目の、北韓による李明博政権批判(評価)である。
論説は、李明博が《実用主義》の名の下で、「国益」と「相互主義」のそろばん勘定で南北協力事業を実利の対象にしか考えていないと指摘し、北南関係は「外勢によって一時的に引き裂かれた同族間に、統一を指向して行く過程の特殊な関係」であると規定、国と国よりも『我が民族同士』の視点が、共同宣言の精神であることを明らかにしている。
論文はまた、李が、現代世界を《理念の時代》ではなく《実利の時代》と言うが、そうではない。思想理念的対決はむしろ先鋭化し、米国は侵略と戦争に狂奔し、他国と民族の自主権と理念を蹂躙している。李の《非核・開放・3000》と言う『対北政策』のねらいは、『核の放棄』を南北関係の前提とすることによって米国の反共和国圧殺策動の「突撃隊」となり、北南協力事業の基本原則を踏みにじる見返りや一方のみの「国益」を求める「開放」を主張、「3000j」のスローガンは、共和国の東欧的体制崩壊と「吸収統一」、「勝共統一」という、軍事政権時代の反北策動を狙うことにあると指摘している。
615共同宣言と、その後のノ・ムヒョン政権によるその具体化のプロセスが、李ハンナラ政権の登場によって大きく頓挫し、東アジア全体の「平和プロセス」としての『六者協議』も、韓国と日本のエネルギー支援の不履行もあって停滞している。論文は、このような状況にたいする、北韓の基本的な視点を示しているものである。

<参考サイト>

☆76 北韓による李明博政権に対する初めての評価

☆73 “李政府 勝者独食の冷酷な市場競争前面化”

☆62 李明博の反統一的詭弁